僕では無いかも知れない(抄)


「どうせみんな死ぬんです」
 7は言った。ベッドの縁で足を組み替えて、それから目配せをしたので僕は灰皿に手を伸ばして、ベッド脇のテーブルに置いた。ラジオからは「スプーン・エイジ」というタイトルの黄色っぽいような、エレキギターを高音を多用した曲が溢れ出ていて、それに低いのに子供のような響きのある男の声が重なり、ディスク・ジョッキーが、「僕たちは一本のスプーンを舐め続けて、食べてしまった、それに時間は大してかかりませんでした」と憂鬱に吐き出すようなイントロダクションを付け加えていた。
「お金が儲かって嬉しいなら、お金を儲けましょう。でも嬉しくないんです。だから、本当は誰もお金なんて欲しくないんです。落ちていたら拾うような、反射的なものでしか」
 僕は、今日のコネクトはまだ済ませていなかったので、四時には部屋を出なくてはならなかった。壁に掛かった、緑の電光表示はまだ午前中を示していた。この時計は埋め込み式になっている上、耐火ガラスで表示板がガードされていて、週一の委員会による点検が義務づけられている。ポスターなどを時計の上に張ってその存在を隠そうとする寮生もいるが、僕は割にこの神経質なデジタル表記の点滅が気に入っていた。
 ラジオは四つ打ちの単調なテクノを流し始めていた。
「飽きるなんておかしいではありませんか」
 7はフィルター付きの煙草を灰皿のくすんだ笑顔に押しつけた。
「飽きずに飽き続けてると言い換えることも出来るけど」
「嫌ですね。私は飽きたくない。例えば、月が、もう地球の周りをただ回ってるなんてやめた、なんて本当は言いたがってるなんて思いますか? きっと月に意思があるとして、地球の周りを回っているのが、彼には最高なんですよ。いつまでも、いつまでも。絶対に飽きないくらい」
 7の足が、ビートに合わせて、微かに揺れている。僕は窓の透過率を少し上げて、活字が目に鮮やかに映るようにした。僕は、紙媒体の不可変性が好きだ。それに、目にも心地いい。
 7はクローゼットを開けて、奥の段ボール箱から瓶入りの炭酸水を一本取り出した。一瞬、振りかけて、おっと、という顔をした。まったく、二酸化炭素入りのただの水にお金をかける人間の神経は理解できない。買ったのは僕だが。
「こっちに冷えたのもあるよ。祖母ちゃんの時代を思い出すくらい冷たいの」
 7はそれには答えずに、炭酸水を一口飲み、うん、うん、と違う誰かに向かって頷いていた。
「どうせみんな死ぬんです。それなら私は私だけの場所で回り続けていたい。死んでもそれとは気付かないくらいに、夢中に。ずっと感じ続けていたいんです。死ぬのさえも気持ちいいと錯覚してしまえるくらいに。こちらから出向かなくても、見えるものなら向こうから見える筈なんです。だって、本当は私のいる場所は常に目に捉えられないくらい速く、速く、移動し続けているはずだし、だから、私が動いてそれで得られる加速度なんて無いに等しいんです。問題は、ただどうやって私の場所を見つけるか、それだけなんですけど」